皆さん、こんにちは。
一日の終わりに店のシャッターを閉めるとき、
少しずつ日の入りが遅くなってきたなと感じる今日この頃です。
三寒四温の言葉通り、気候がなかなか安定しませんね。
インフルエンザやコロナも流行っているようですので、
体調管理には気を付けたいところですが・・・
実は私自身、2月に入ってから二度も発熱してしまいました。
最初は39.1度まで上がり、「これは、やばい!」と思いましたが、
薬のおかげで何事もなかったかのように回復。
年齢を考えると、やはり無理は禁物ですね。
2月19日、私は滋賀県草津市にある母校、
「松下幸之助商学院」を訪れていました。

一昨年から数えて今年で3年連続となりますが、
卒業を目前に控えた本科生に向けて「先輩講話」をさせていただくためです。
私にとって、学生たちは子どもたちのような存在であり、大切な後輩です。
卒業後、社会人として、そして同じ「まちのでんき屋」として、有意義な人生を歩んでほしい。
そんな願いを込めて、お話ししてきました。
本来、こうした場では、
成功の秘訣や好成績を収めるノウハウを語るべきなのかもしれません。
しかし私の場合、人生で一度ならず二度までも大きな分岐点を迎えた経験があります。
だからこそ、私が彼らに語れるのは、華やかな成功談ではなく、
「失敗からどう立ち上がるか」という泥臭い再生の話なのです。
決して格好の良い話ではありません。
それでも、商学院からの強いリクエストもあり、
今回もたっぷりと「失敗と再出発」について語ってきました。

今年も昨年に続き、後輩であり仲間でもある岐阜の今井君に協力してもらい、
二人三脚で挑みました。

伝えたい想いが溢れ、予定時間を15分ほどオーバーしてしまいましたが、
精一杯のメッセージを届けてきました。
毎回ベストを尽くしているつもりですが、
今回の講話には、自分の中で「特別な意味」がありました。
というのも、昨年の年の瀬、全国の仲間から私にある知らせが届いたからです。
それは、母校である商学院が移転するというニュースでした。
この学校は、故・松下幸之助創業者が、パナソニック(旧・松下電器産業)のパートナーである
「まちのでんき屋」の後継者を育成するために創設した場所です。
現在の本科生は56期生。つまり、56年間続いてきた草津の商学院が閉鎖され、
次年度からは別の場所へ移転することになったのです。
「場所が変わるだけ」と言ってしまえば、そうかもしれません。
しかし私にとって草津の商学院は、人生の節目節目に立ち返る場所であり、
思い出と思入れが詰まったかけがえのない聖地です。
会社組織としての事情はあるのでしょうが、全国には私と同じように、
この地がなくなることに一抹の寂しさを抱いている卒業生がたくさんいるはずです。
せめて、この草津の地だけは・・・そう願わずにはいられませんでした。
講話の中でも触れましたが、若くして挫折を味わったとき、
私は「松下幸之助商学院」という名前に救われました。
会社員として過ごした4年間、昇格や試練の場面でも、
この場所で得た学びが常に私を支えてくれました。
苦しいときに助けてくれた学校。
だからこそ、今回の講話は、これまで300回以上積み重ねてきたどの講演よりも、
熱く、心を込めて語ったように思います。

ありがとう、商学院。
私にとっての母校は、やはりこの草津の商学院です。
そして・・・たとえ場所が変わっても、
そこで学ぶ若者たちの未来が輝かしいものであることを、心から願っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
